♪ピリカラザリガニ団履歴書
♪メンバー
★石原 由理
    -trombone, leader-
★飯田 玄彦 -trumpet-
★aya -trumpet-
★しょ〜ん -alto sax-
★飯塚 純二 -tenor sax-
★新井 真史 -sousaphone-
★大山 肇 -snare drum-
★GO -bass drum-
【 雑用は任せろ!楽団長 石原 由理 はこんな人 】
★石原 由理 -trombone, leader-
本名  石原 由理 (いしはら ゆり)
誕生日  2月14日
血液型  B型
趣味・特技  寝ること。
 スポーツ観戦(特にバレーボール・陸上・水泳・オリンピック)。
 熱血ものテレビドラマ・海外ドラマ及びマニアック邦画鑑賞。
主な使用器材
楽器:New York Bach8 (1950年生まれ!!)
マッピ:Tilz11C or Bach11C or Bach7C
担当楽器の魅力は?  まず、その形状。あそこまでシンプルな造りはゲイジュツだと思う。大胆にして繊細。
 音域も好きだし、リズム隊に近い位置取りな所も良い。
 それと、いつまでたってもうまくならない所かな。
音楽・楽器歴  2歳半の時からヴァイオリンをやっていた。かなりイヤだった。
 小学4年の2学期に、課外活動(部活)に入ったらヴァイオリンのレッスンに行かなくても済むだろうという狙いで、トランペット鼓隊に入る。当時からそこそこ背が高かったのと、ヴァイオリンをやっていたため、誰もやる人がいなかったトロンボーンに回される。
 そんな理由で始めて、中学・高校と吹奏楽部でトロンボーンを吹き続けることになる。
 大学に入り一旦音楽と離れるが、当時、週に3日は徹夜でカラオケに行っていた自分を見つめて、やっぱり音楽をやろうと思い直す。
 どうせまたやるのなら今まで聴いたこともないような音楽をやろうと思いサークル紹介誌を捲っていた所、ジャズの項でトロンボーンという記述があったのがフルバンとニューオリだけだったので、「そうか、モダンジャズにはトロンボーンってないんだ」と思いながらニューオリンズジャズクラブに入る。
 一年後、ニューオリンズへ行き、ナマのブラバンを目の当たりにし、感動のあまり涙する。
 以来、「いつかはブラバン!」という想いを抱きながら、スゥイングジャズ、ブルース、ソウル、ファンクなど音楽修行を重ね、とうとうブラバンを始動。嬉しいです。
音楽戦績
[期間] [バンド名] [ジャンル]
4年間 早稲田大学ニューオリンズ・ジャズ・クラブ オールド・ジャズ
1992年12月〜2001年2月(解散) SWING DEVILS 30年代風スウィング・ジャズ/40年代風カンザスシティスタイル
アルバム『Jump for K.C. & Basie』に参加
1995年9月〜 BAN BAN BAZAR (DELUX) jumpin' & jivin' Jポップ
(DELUX部隊のボントロ担当)
アルバム 2nd『できました』・3rd『歌は廻る』・4th『4』・5th『HIGH LIGHT』・6th『Suge Ban Ba!!』・7th『Gentleman』・10th『10』に参加
1997年〜 ジャズボイラーズ ニューオリンズ・ジャズコンボ
1997年10月〜2005年12月(退団) KANSAS CITY BAND カンザスシティスタイル・ジャズ&ブルース
アルバム 1st『バレルハウスで☆ヘイ!ヘイ!』・2nd『DIVE-JIVE』に参加
2年くらい 虎髭百貨店 クラッシックソウル&ファンク
(ホーンアレンジも担当)
[その他]
・ニューオリンズ・ジャズコンボを時折主宰
・大学のサークルの先輩 ピアニスト 古川奈都子さん率いる Soul Food Cafe の毎月第2木曜日浅草HUBライヴに勝手に参加
・ヴォーカリスト アン・サリーちゃんに誘って頂き、三日月楽団の一員として、NHK『みんなのうた』で2007年6・7月に放送された『のびろのびろだいすきな木』に参加(放送時のカップリング曲はあの『おしりかじり虫』!)
 アルバム『kokorouta』にも収録。またこの曲でNHK『SONGS』(2007年12月5日放送分)にも出演。
・ギタリスト Mooneyさんに誘って頂き、Mooney & His Lucky Rythmの一員としてアルバム『Fats with us』に参加
・ブルースバンド るーずぱんてぃに何度か参加。アルバム『ちょっと そこまで』に参加
・Gateouth Brownを偲んで年1回だけライヴを行う小ゲイトExpress
・昔、ちょっとだけ世田谷ジャンボリー(既に解散)にもいた、ちょっとだけね
好きなバンド・アーティストやそのお勧め曲・アルバム [バンド]
 ニューオリンズのブラスバンド、ブルース・ブラザーズ・バンド、ジャクソン5、ジョン・P.・キー&ニュー・ライフ・コミュニティー・クワイア、カウント・ベイシー楽団、フリッパーズ・ギター、東京60WATTS
[ボントロ吹き]
 ニューオリンズのボントロ吹きの皆さん、トラミー・ヤング、フレッド・ウエズリー、ウエイン・ヘンダーソン、ヴィック・ディケンソン、アル・グレイ、ベニー・グリーンなど
[その他のアーティスト]
 ニューオリンズの皆さん、ルイ・アームストロング、ドクター・ジョン、ヘンリー・バトラー、プロフェッサー・ロングヘアー、B.B.キング、ゲイトマウス・ブラウン、ジェイムス・ブラウン、メシオ・パーカー、マーヴィン・ゲイ、サム&デイヴ、エラ・フィッツジェラルド、トータス松本など
ニューオリンズとの出会い  大学2年の時、サークル紹介雑誌に載っていたニューオリンズジャズクラブという記事を見た時。
 実際には、1991年9月、初めての海外旅行で初めてニューオリンズの地に立った時。
ニューオリンズ渡航履歴
[期間] [活動・戦績・思い出など]
1991年9月
(1週間)
 毎日放送『地球ZIGZAG』隊員として渡ニューオリンズ。
 当時Treme Brass Bandのボントロ吹きだったピーナッツに色々教えてもらった。特にリズムの違いについて相当悩んだ。
 スネアのベニーさんにもお世話になり、サックスのブッチの家にホームスティさせてもらっていた。
 この時、The Dirty Dozen Brass Bandのバリトン奏者ロジャー・ルイス氏にも出会った。
 初めてナマでブラバンを観た時に、何故だか勝手に涙が溢れてきて止まらなかった。そんな体験は後にも先にもこれっきり。
1992年2月
(3週間)
 今度は自費で春休みに出掛ける。
 ちょうどマルディ・グラのシーズンで、夜のバーボンストリートでトップレスのお姉ちゃんをたくさん見掛けた。
 Treme B.B.のメンバーが覚えてくれていて、一緒にバーで演奏させてもらったなあ。
 運良く(?)お葬式があり、パレードに演奏参加。
 この頃から徐々に規制されてはいたが、ジャクソン・スクエア前でストリートをやっている所にシットインさせてもらったりもした。
[番外編]
2000年7月
(12日間)
 KANSAS CITY BANDで渡カンザスシティ。
 『カンザスシティ・ブルース&ジャズ・フェスティバル』に出演。
 カンザスシティ市よりメンバー全員、カンザスシティ名誉市民に認定される。
2003年4・5月
(2週間)
 ようやく念願かなっての久々渡ニューオリンズ。
 昼間は『ニューオリンズ・ジャズ&ヘリテイジ』、夜はライヴハウスと、寝る間も惜しんで正に音楽漬けの幸せな日々を過ごす。
 ピーナッツやウルフ、ベニーさん、アンクル・ライオネル、ロジャー氏らと再会。皆、覚えててくれて嬉しかった。
 4/30、アール・キング氏のお葬式パレードについて歩く。ドクター・ジョン様も道の反対側を歩いていた。
 5/2には大阪Mahogany Hall Stompersのトラとして、ヘリテイジのエコノミー・テントに出演。その夜、プリザベーション・ホールで前座演奏もさせて頂く。ミシシッピ川の遊覧船ナチェス号で演奏したりした。(タカイさん、お世話になりました。)
 音楽的には最も収穫の多い渡航だった。
ニューオリンズの魅力は?  街全体がアフタービートでスウィングしている所かな。
 大好きな音楽がそこらじゅうにある。音楽も人もすんごく人懐っこくて熱い。危ない面も勿論あるけど、音楽好きならプレーヤーであってもなくても一度は行ってみるべし。
 あと、肉じゃない食べ物がたくさんある所も良い。ザリガニは是非お試しあれ。生カキもナマズも挑戦しましょう。(カンザスシティは内陸のためか肉だらけで参った)
自己アピール
(ここを観てほしい!)
 楽器を吹く時は、いつも自分と真剣勝負しているので、そこらへんかな。
メンバーからの声
tb 石原  「僕の前に 道はない 僕の後ろに 道は出来る」
tp 飯田  もうちょっと気楽に行きましょうよ
tp あや  団長〜!飽きずに可愛がってくだせ〜!!
ts 飯塚  はじけろ!
sousa 新井  リーダーの情熱には頭が下がります。
snare d 大山  上に とりましょう。
bass d GO  石原さんのリーダーっぷり尊敬してます!!
皆様へのご挨拶  ストリートで見掛けたら、気軽に声をかけてください。あ、投げ銭もお願いします!
 ライヴをやる時は、是非遊びに来てください。あ、差入れは何でもOK、年中受付中です!
 ピリカラザリガニ団が似合いそうなイベントやお祭り、ストリートが出来そうな場所があったら、どうぞ教えて下さい!m(_ _)m
 ピリカラザリガニ団、楽しいっす!!(^◇^)/

是非遊びに来て下さい!待ってま〜す!